初めに
“あぁ・・・ロミオ・・ロミオ・・・どうしてあなたはロミオなの・・・
イタリアワインの中でも500年以上の歴史があり、とても独特の造りのワインがこのアマローネ。
昔の名称はRecioto della Valpolicella Amarone ヴァリポリチェッラのレチョート、アマローネ
アマローネは苦いと言う意味の『AMARO』から来ていて、ここで言うと『辛口に仕上げた』と訳せます。
ですから、“ヴァリポリチェッラと云う赤ワインなんだけど、陰干しした葡萄を使って辛口に仕上げましたよ”となります。
なんだか、まどろっこしい表記ですがちゃんと理由があります。
北イタリアはヴェネト州、ヴェネツィアから内陸に入った所に『ロミオとジュリエット』の舞台となった美しい街、『ヴェローナ』があります。
このエリアで造られる軽やかな赤ワインが『ヴァリポリチェッラ』
そして、『レチョート=陰干し葡萄』と使って、甘美な甘口ワインも多く造られています。
それを前提にして、レチョートだけど甘口じゃないんだよってことで『アマローネ』が存在するんです。
近年では、認知度も高くなり、『アマローネ』と言えば、バローロやバルバレスコ、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノと並ぶイタリアの偉大な高級赤ワインとされ、ヴィンテージ・チャートにも入ってくるぐらいになりました。
最近のラベル表記はAmarone della Valpolicellaとシンプルになりました。
今回は、この『アマローネ』について考察してみたいと思います。ぜひ楽しんでください。
なぜ、陰干し葡萄を使うの?
そもそも、わざわざ葡萄を陰干ししてから醸造しなければならないの?
って所が疑問になると思いますので、その辺から話していきましょう。
ヴァリポリチェッラの産地はヴェローナの北側のエリアでレッシーニの山々の麓、なだらかな丘陵地域です。その東側に有名な白ワインの名産地『SOAVE』がありますが、このエリアも同じような地形です。
その他のエリアは割と平地が多いのが特徴ですね。有名なガルダ湖、パダーナ平野やヴェネタ平野と平野が多いんですよね。この平地が多い事こそ、陰干しの文化が産まれたんだと考察できます。
ヴェネチアから車で1〜2時間でヴェローナに着くんですが、ヴェローナに入る直前の高速道路は真っ平らで道の両サイドがパーッと開けています。葡萄畑も多く、見渡す限りの広大な産地なのを目の当たりに出来ます。
その風景を車から眺めながら思ったんですよね、「こんな平地で収穫の時に雨なんか降ったら、ワイン薄くなっちゃうなー」って。
ワイン用葡萄栽培に於いて収穫期の雨ほど大敵はありません。イタリアはフランスなどと比べまだ乾燥しているので、カビの害はさほどないでしょう。
ですが、丸々と育った収穫間際の葡萄畑に雨が降ると、葡萄の樹は沢山の雨水を吸い上げてしまい、果実にも水が供給され割れてしまうことがあります。さらに濡れたまま収穫すれば、雨水ごと醸造する事になるので、単純に薄くなりかねません。そして最悪なのは湿気や割れた葡萄のせいで腐敗したりカビたりもあり得るので良い事ないんですよね。
この事から想像すると、その昔=500年以上前のある時期・・・
折角1年間大切に育てた葡萄が、薄くなったり、ダメになったりするのを何とかしようって事になったんだと思います。生産者はみんな良いワインを造りたいわけですから、色々悩んだと思いますね。
そこで、ある時RECIOTO=陰干し葡萄を使うってアイディアが産まれます。
元々あったやり方、房や枝ごと摘んできた葡萄を納屋に吊るしたりして水分を適度に飛ばしてレーズンになったもので醸造する甘口ワインの技法を用い、糖分が無くなるまで完全発酵させれば、濃く、しっかりとした重厚な美味しい赤ワインになるんじゃないか?って事ですね。
但し、レチョートや貴腐葡萄で造るワインって発酵にメチャメチャ時間が掛かるんですよね。
通常赤ワインの発酵時間は10日から15日程度で終わるのですが、水分が少なく糖度の高い液体の中では、酵母がエサはいっぱいあるのに動きづらくて、中々発酵が進まない。
ある年、僕が4月に訪ねたヴィッラ・アンガラーノ(同じくヴェネト州のバッサーノのワイナリー)のワインを醸造している所ではトルコラートと云うこれまた素晴らしいデザートワインがあるのですが、このトルコラートの発酵槽だけまだ醸造中でした。収穫からざっと半年ですね。
これを更に、完全発酵して辛口ワインに仕上げるのにはどれだけ長い時間を要するのか、想像できるでしょう。
アマローネはどんな味?
では、このAMARONEってどんな味なんでしょう?
陰干し葡萄で造るけど辛口って、飲んだことない方には想像できないでしょうけど、旨味が凝縮していて複雑な香りとフレーヴァー。ちょっとポートワインの良さに近い感じが僕にはします。
造り手のスタイルが大きく影響するので、蔵でそれぞれ違うのですが、大きく分けて伝統的田舎ワインとモダンに分かれると思います。
伝統的なアマローネの造り手
伝統派で代表的なのは、MASI=マアジのアマローネ。
規模も大きく、色んなワインを造っています。普通の規模のアマローネの造り手では決してやらないような種類のワインをリリースしていて、それぞれ美味しいんですが、陰干し葡萄の使い方が上手い蔵です。シングル・ヴィンヤード=単一畑のアマローネもありますし、カンポフィオリンとかブローロ・ディ・カンポフィオリンといったラインは、ブルゴーニュを思わせるような優しい味わいです。
基準のワインとしてはマアジのワインだけでもこの地区のワインを知るのに最適です。
モダンなアマローネの造り手
モダンな造り手の中でオススメは、TENUTA SAN ANTONIO=テヌータ・サン・アントニオとALLEGRINI=アレグリーニ。
前者は1989年から始まったアマローネの造り手の中でも新星。
後者は6世代に渡るこの土地のアマローネの造り手と始まりは様々ですが、ワイン造りの考え方が似ているんでしょうか?僕の中ではとっても都会的でモダンなアマローネの造り手です。
マアジはブルゴーニュ的な美味さがあるのが特徴なんですが、こちらのモダン系のアマローネはボルドーというかカリフォルニアのワインに通じる所があって、葡萄品種こそ違え、スタイリッシュな味わいなんですよね。飲み比べる機会があれば色んな蔵のアマローネを試してみてください。
アマローネに使われる葡萄品種
さて、ワインとして重要な葡萄品種。
アマローネには、コルヴィーナ・ヴェロネーゼが使われています。
色付き良く、果実味豊かで酸もしっかりとあるワイン用葡萄品種としてはバランスの良い物。
陰干ししない、通常のヴァリポリチェッラも軽やかなテーブルワインとして重宝しますし、スーペリオーレと言って、上級のヴァリポリチェッラは果実味豊かな高級ワインになります。
補助品種でロンディネッラ。
こちらは、コルヴィーナに似ていますがより華やかな香りをヴァリポリチェッラに与える重要な役割があります。他にも幾つか混醸したりもするのですが、基本この2種です。
単一の葡萄品種では無く、幾つかの葡萄を混醸するメリットはヴィンテージの良くない時のネガティヴな特徴を補える事ですね。これも平野部が多いこのエリアのワイン造りの知恵だと感じます。
ブルゴーニュは丘陵地帯で単一品種なのに、ボルドーは平野部で幾つかの葡萄の混醸である事は、伝統的に言っても、ロジックで言っても必然なのです。
偉大な造り手、ジュゼッペ・クインタレッリ
クインタレッリのワインそして、アマローネの偉大な造り手の一つにジュゼッペ・クインタレッリがいます。
この写真に写る方がジュゼッペおじいちゃん。今はお孫さんがジュゼッペの意思を継いで変わらず美味しいワインを毎年リリースしています。
幸運にも僕は、こちらの蔵でテイスティングをさせて貰える機会がありました。
物静かな彼は、ゆっくりワインを開けて説明をしてくれたんですが、印象的だったのは偉大なジュゼッペ・クインタレッリのやり方を忠実に守っていくと云う。
陰干しするとこんな感じです。
RECIOTOは、『APPASSIMENTO』アッパッシメントとも言います。葡萄を乾燥させる事を一般的にはアッパッシメントと言い、レチョートはヴェローナの方言的なニュアンスです。
他に『ASCIUGARE』アッシュガーレ=干す、乾かすの意味。とか、『ESSICCARE』エッシッカーレ=乾かす、乾燥させる。などの言い方があります。
更に、シチリア島の沖にあるパンテッレッリアと言う島には、モスカート=マスカットを使った陰干し葡萄のデザートワインがあり、こちらでは、『PASSITO』パッシートと呼びます。
クインタレッリの魅力的な味わい
クインタレッリで話を聞くと、この様に房を束ねて上から吊るすやり方は、とても古く伝統的なんだそうです。
通常は通気の良いバットに並べて干していきます。
自然に良い風も入ってきますが、アマローネの造り手は納屋に大体大きなサーキュレーターを置いて風を起こしていますね。
クインタレッリのワインの何が偉大かと言えば、その圧倒的な凝縮感。
他の造り手のワインも勿論、陰干し葡萄を使うことで産まれる凝縮感と複雑さはありますが、この偉大な造り手の物は、桁違いの濃密さと強いアルコール、そして、クインタレッリならではの個性がなんとも魅力的なんです。
ブランデー・ボンボンやヴィンテージ・ポートの様なニュアンス。圧倒的な余韻の長さ。香り、フレーヴァー共に類を見ない個性。間違いなく、イタリアを代表する偉大なワイン。
但し、この魅力を最大限に味わうためには、若いうちに抜栓してはいけません。
アマローネではない『VALPOLICELLA SUPERIORE』でさえ、収穫年から10年してから飲んでほしいものです。『AMARONE』に至っては、待てるのであれば、最低20年後にその真価を発揮すると思われます。もし、幸運にもクインタレッリのアマローネを手にしたのであれば、ワインセラーの奥の方で忘れられているぐらいがちょうど良いです。
世界的に見ても最長の寿命があるワインですので、保存さえ良ければ、50年、100年も保つと思われます。
ベビー・アマローネ=“RIPASSO”リパッソ
ベビー・アマローネと呼ばれるワインが存在します。
アマローネを醸造した後に、ワインだけ上澄みを熟成用の樽に移します。
通常、醸造用の樽に残った搾りかすは捨てるか、グラッパにしますが、このアマローネの造り手の中には、この搾りかすの残った樽に普通に造ったヴァリポリチェッラを入れて少しの間放って置きます。
そうする事によって、ちょっとだけアマローネの雰囲気を足して、複雑さを増したワイン=簡単に高級っぽいヴァリポリチェッラを造ることができます。
これを『RIPASSO』リパッソ=もう一度火にかける(料理)や時を再び過ごすなどの意味。と言います。とてもコストパフォーマンスが良いものが多いので、こちらから試してみるのも良いでしょう。
最後に
こうして、ヴェローナの地形やアマローネの成り立ちなんかを紹介してきましたが、かなり独特のワイン産地なのが伝わったかと思います。
元々イタリアは古代ローマ時代ワイン造りを広めたギリシャやエトルリア人から『エノトリア』と呼ばれていました。これは『ワインの土地』と云う意味で、ワイン造りに最適な場所を表しています。
今でもイタリア半島の北から南、更には小さな島までどこでも葡萄栽培が行われています。
通年を通して安定した気候、乾燥した空気と土地、アペニン山脈が中央を通っている事で起伏に富んだ様々な地形などその土地に長く伝わるワイン造りが僕たちを楽しませてくれています。
アマローネの技法が確立してからは500年ですが、当然、さらに大昔からこのヴェローナと言う土地に根ざしたワイン造りが脈々と受け継がれてきているわけです。
歴史に思いを馳せて呑むのもよし。
現代技術や化学の理解より産まれた近代的なモダンを楽しむのも良し。
自然回帰の考え方に賛同するのであれば、このエリアには優秀なビオ・ディナミコの造り手も沢山活躍して居ます。
どれも、イタリアワインの懐の深さの様なものを感じます。
また、今回はヴェネト料理には一切触れていませんが、この土地も美味しい伝統料理の宝庫ですので、ヴェローナのワインを味わう時には是非参考にしてアッビナメントを楽しんで頂けたらと思います。
東京にも少ないですが、ヴェネト料理を得意とするシェフもいますので、調べてみるのも楽しいでしょう。
最後まで読み進んでいただき、ありがとうございます。
この様なイタリアワインの面白い話を、これからも発信していけたらと思っています。
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。
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